大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)486号 判決 1960年3月17日
大阪市南区塩町六丁目三八番地
控訴人
高瀬忠治こと 宮井好郎
右訴訟代理人弁護士
野村清美
本店所在地
松原市阿保町一、〇一二番地
被控訴人
大和産業株式会社
右代表者清算人
喜多康明
右訴訟代理人弁護士
山本敏雄
同
小泉要三
同
宮井康雄
神戸市灘区浜田町四丁目一五番地
被控訴人
喜本ゆき子
右訴訟代理人弁護士
穂積荘蔵
右当事者間の頭書の事件につき当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人代理人は、「原判決を取消す。被控訴人等は合同して、控訴人に対し金六〇万円及びこれに対する昭和三二年五月二三日から右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。被控訴人喜本ゆき子の請求を棄却する。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め被控訴人等は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、被控訴人等代理人等おいて、原審での本訴についての抗弁を次のように訂正して陳述したほかは、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。
一、訴外稲垣光二は被控訴会社又は被控訴人喜本ゆき子の代理人訴外平尾護から(訴外平尾に代理権を与えた本人について被控訴人等はそれぞれ自分であると主張する。)本件手形の割引の依頼を受け、被控訴人等の信用調査の必要上右手形の寄託を受けたが満期日に至るも遂にこれが割引をしなかった。従って稲垣は本件手形につき何等権利を有しないのであるが、自己の被傭者である控訴人を手形の善意の取得者に仕立てゝ被控訴人等から手形金の支払を受けようと企て被控訴人喜本ゆき子のなした白地式裏書の被裏書人欄にほしいまゝに高瀬忠治(控訴人の別名)と補充した。仮りに平尾から右手形の交付を受けた者が控訴人であつたとしても、それは前述信用調査のため預つたに過ぎない。
以上の次第で控訴人はその裏書の連続にかゝわらず本件手形につき何等権利を有しない。
二、仮りに控訴人が訴外稲垣光二から本件手形を被控訴人喜本ゆき子のなした白地式裏書の被裏書人欄に、直接控訴人の氏名を補充して手形の交付を受ける方法により、譲渡を受けたとしても、その際控訴人は、稲垣が被控訴人のうちのいずれかから右手形割引の依頼を受けて預りながら、未だ割引金を交付していないことを知悉していたものであるから、債務者たる被控訴人等を害することを知つて本件手形を取得したものである。
三、仮りに控訴人がその際右事情を知らなかつたとしても控訴人は当時から稲垣の被傭者であるから、重大な過失によつてこれを知らなかつたものというべく、控訴人は本件手形を善意取得できない。
証拠(省略)
理由
被控訴会社が昭和三二年二月二二日に、金額六〇万円振出日同日、支払期日同年五月二二日、支振地振出地ともに大阪市、支払場所株式会社日本勧業銀行今里支店、受取人被控訴人喜本ゆき子(以下単に被控訴人と称し、被控訴会社と区別する。)なる約束手形一通を振出したこと、被控訴人が右手形の第一裏書欄に白地式裏書をなしたこと及び右第一裏書の被裏書人欄に高瀬忠治なる控訴人の別名が補充されていることはいずれも当事者間に争がない。
従つて控訴人は手形法一六条により一応適法の所持人と推定されるので、進んで被控訴人等の抗弁について考えるに、成立に争のない甲第一号証、(中略)を綜合すると、
一、昭和三二年二月二二日頃訴外平尾護が被控訴会社及び被控訴人から金融斡旋の依頼を受け、被控訴会社が振出し被控訴人が保証のためにその第一裏書欄に白地裏書をした本件手形を含む二通の額面合計一二〇万円の約束手形を訴外稲垣光二に示して割引を求め、若し右手形二通とも割引を受けることができる場合には該割引金のうち一通分は被控訴人等から平尾に貸与して貰える約束があるので、さきに平尾の斡旋により訴外キシヤ商会において稲垣に割引して貰つたが、満期に不渡となつた額面四七八、〇〇〇円の手形債務を平尾において右借受金を以て支払う旨申し入れたこと。
二、稲垣は右申し入れを諒とし内一通(本件手形)を受取り猶予を求めてその信用を調査した結果右二通の手形の割引をすることに難色を示した。そこで平尾がその返還を求めたところ、稲垣は平尾の前記言明を盾にキシヤ商会の手形の決済を迫り、本件手形をその弁済手段に充てることを主張したのに対し、平尾は後記のような約束の手前、これを拒絶しえず、稲垣にこれを取込まれる結果となつたこと、
三、平尾はかねてから稲垣の手形割引による金融業の手先として働いており、平尾と稲垣との間には、平尾の斡旋した手形が不渡となつた場合、平尾は裏書人でなくとも稲垣に対し該手形決済の責に任ずる約束があつたこと。
四、平尾は本件手形不渡に至るまで控訴人は一度会つただけでそれも金融に関してのものでなかつたこと、控訴人は稲垣の経営する印刷会社に二〇余年間勤務する従業員であつて、昭和三二年二月頃その地位は支配人に次ぐ地位に過ぎないものであり、本件手形割引当時の月収は二万円であつたこと。
五、前記被裏書人欄に控訴人の別名である高瀬忠治なる補充をしたのは稲垣であり、本件手形の満期における支払呈示も事実上稲垣がし且つ満期後も本件手形が不渡となつた場合の不渡処分に付するか否かの権能は稲垣に属しておつたこと。
を認めることができ、以上の各事実と本件手形が控訴人の手中に存し且つ控訴人において本訴を追行しておることに徴すれば、被控訴人等主張の如く稲垣が勝手に控訴人の氏名を前記被裏書人欄に補充したものと認めることはできないけれども、稲垣は本件手形の信用調査の結果その割引は拒んだが、これを平尾にも責任のある前記キシヤ商会の手形の決済手段に供すべく、右第一裏書の被裏書人欄が白地なのを幸に、自己の永年の被傭者である控訴人の前記別名をそこに補充し、以て控訴人を本件手形の善意取得者に仕立てようとしたものであり、右稲垣のかいらい的存在にすぎない控訴人も叙上の被裏書人となつた当時右事情を知つていたものと推定するに難くない。
証人稲垣の証言中、右認定に矛盾する部分は措信し難く、他に控訴人主張事実を認めて、前記認定を左右するに足る証拠は存在しない。
以上の次第で控訴人は本件手形の形式的所持人資格を有するに過ぎず、真の手形権利者でないことが明かであるから、その請求の失当なことは勿論である。
次に反訴について考えるに、本件手形の権利者が控訴人ではなく被控訴人喜本ゆき子であること、前記諸事実に徴して明らかであるから、控訴人は同被控訴人に右手形を返還すべき義務あり同被控訴人の控訴人に対する右手形引渡の請求は正当として認容すべきものである。
以上と同趣旨の原判決は相当であるから民事訴訟法第三八四条第一項に則り、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき同法第八九条を適用し主文のように判決する。
大阪高等裁判所第八民事部
裁判長裁判官 石井末一
裁判官 小西勝
裁判官 井野口勤